意図を感じるということ

intention 意図ブログ

ミャンマーの瞑想センターで歩く瞑想の指導を受けた時、歩く動作の一つ一つをゆっくりと行うと、それぞれの動作の直前に “intention” (意図) を感じることができるかもしれない、と教えていただきました。

ここで言っている意図というのは、「歩く」とか「食べる」といった、これからやろうとしていること、という漠然とした意味ではなくて、個々の動作に直接関連しているもののようです。でも、具体的に何のことを言っているのか、当時はさっぱりわかりませんでした。

瞑想センターの指導者の言葉やビデオ、他の参加者から得た情報によると、この “intention” (意図) には、次のような特徴があるそうです。

  • 身体の感覚とは別のもの。
  • 身体が動く直前、または、動いている間に感じるもの。
  • ゆっくりと身体を動かす時に感じやすい。特に、歩く瞑想で、超スローで方向転換をしている時など。

長い間、この意味がよくわからなかったのですが、最近になってわかったような気がします。このきっかけが歩く瞑想で方向転換をすごくゆっくりとやっているときでした。

歩く瞑想で方向転換をする時、まず立ち止まって、片足に体重をかけ、その足裏を地面につけたまま、足首をひねって身体の向きを変えていきます。そうして、もう片方の足を浮かして足先の角度を変えて、床におろします。

この「足首をひねる」という動作をゆっくりとやったり、動作を途中で中止したりすると、その動作の直前に心のなかに変化が現れるのを微かに感じます。この変化をここでは、「心のエネルギーレベル」の変化としておきます。

歩く瞑想

この「心のエネルギーレベル」は、動作をしようとしただけで、実際には動かなかったときにも、その変化を感じることができます。「心のエネルギーレベル」が上がっていって、あるレベルを超えると実際の動作が起こります。

この「心のエネルギーレベル」は、いつもそこにあるものなので、普段はほとんど感じません。身体の感覚とほぼ同時に起こるので、身体の感覚との区別もつきにくいです。

「心のエネルギーレベル」の変化は、身体で起こっているのではなくて、心で起こっています。私の場合、強いていうと、顔と喉の間くらいのところでこの変化を感じます。

こうして、「意図」は、この「心のエネルギーレベル」の事を言っているのではないか、と思うようになりました。その後、方向転換の動作の直前以外にも、いろいろな場面で同じものを感じることに気が付きました。たとえば、次のような時です。

  • 歩く瞑想で、足を地面から離す直前
  • 歩く瞑想で足を前の方に動かしている間
  • 座る瞑想で、吸う息や吐く息を観察している間
  • 箸でつまんだ食べ物を口に持っていく間

このことから思うのは、自分自身の身体を動かすという動作についても、実は自分が自由意志で行っているものではなくて、その時の心の状態によって自動的に起こるものだということです。

心も、有限の神経細胞による物理・化学現象ですから、これは当然のことなのですが、心や身体を観察することによって、確かめることができるわけです。

こうすると、自分のネガティブな部分についても、ありのままに受け入れやすくなるような気がします。

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