死の恐怖をマインドフルネスで克服する

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この記事では、死の恐怖に対して「マインドフルネスで対処する」という方法が有効かどうか、考えてみます。

私にとっての死の恐怖

私が「死」の意味を理解したのは、6歳のときです。親戚のおじいさんが亡くなり、お葬式に出席しました。葬式の前日のお通夜で、親戚のこども同士で遊んでいると、年上のいとこが恐ろしいことを私に言いました。

「明日のお葬式のあとで、死体は焼かれてしまう。もう二度と生き返らない。」

そのときは信じませんでしたが、それは本当の話だったのです。翌日、私は、自分をかわいがってくれた親戚のおじいさんがお棺ごと火葬されるのを見てしまいました。そのあと、残った骨を家族が拾って、骨壷に収めるところも目撃したのです。

この事件は、自分にとって大きなショックでした。自分もいずれ死んで、この世の中から消えてしまうのだ、ということがはっきりと分かりました。こどものとき、死についての堂々巡りの思考と、その恐怖で眠れないことがよくありました。

「自分が死んだら、自分はどこに行くのか?」

「死ぬときにどれだけ恐ろしい思いをするのか?」

今では、死について考えることはあまりなくなりましたが、死ぬことは今でも怖いです。特に恐ろしいことは、死の瞬間に自分は恐怖に駆られて死んでいくのではないか、と想像することです。

リチャード・ドーキンス博士の著書で、次のような話を読んだことがあります。

草食動物は、肉食獣に襲われて生きたまま食べられるときに、苦しみながら死ぬ。進化の結果、楽に死ねるようになるかとういうと、そうはならない。進化はそのようには働かない。」

死の恐怖への対処

死はすべての人に訪れるものです。これまで、人はどのように死の恐怖に対処してきたのでしょうか?

自分の死については考えない

「自分の死についてはあまり考えない」というのが、健康的な人の一般的な死に対する態度だと思います。

私も、こどものときはあれほど怖かったのに、今は自分の死のことを考えて恐怖に駆られる、ということはほとんどありません。

しかし、死が目前に迫ったときに、自分の死について考えずにいられるでしょうか? 私には自信がありません。私にとって、この「自分の死については考えない」という戦略は、死が目前に迫ったときの対策としては十分ではありません。

自分は死なないと考える

私が中学生の頃、ジャイムスン教授シリーズというSF小説を夢中で読みました。ジェイムスン教授は、死後、自分の死体をロケットに入れて密封し、地球の軌道を永遠に回るように手配します。人類が滅亡したあと、宇宙人がジェイムスン教授の死体を見つけ、その脳をロボットの体の中で復活させるというお話です。

現代でも、死後に脳を保存して、将来復活させるというサービスがあるそうです。

Nectome – Advancing the Science and Technology of Memory
Advancing the science and technology of memory.

将来、人工知能やバイオテクノロジーが発達すると、本当に死なずに済む時代が来るかもしれません。

ただし、この対処方法に頼るには、いくつかの根本的な問題があります。

  • 自分が生きている間に不死を可能にする技術が確立するとは限らない。自分には払えないかもしれない。
  • 仮にそのような技術ができたとしても、いつかは必ず死ぬ。例えば、宇宙が終わるとき。つまり、問題を先延ばししているだけに過ぎない。
  • 死ねないことによる新たな問題が出てくるかもしれない。退屈するとか。

死後の世界を信じる

死んだあとに天国に行く、あるいは地獄に堕ちる、というということを信じている人もいます。特に宗教を信じている人は、このように考えている人が多いのではないか、と思います。

仮に地獄に堕ちるにしても、死んだあとに自分の存在がなくなるよりもマシかも知れません。

しかし、この戦略も自分には向いていません。次のような問題があるからです。

  • 科学的な証拠なしに、死後の世界があることを心から信じることができない。
  • 仮に、今信じることができたとしても、死に直面したときに、その信念を貫けるかどうかわからない。

マインドフルネス

マインドフルネスは、「今、ここ」で起こっていることに気がついていく、という意味です。マインドフルネスの実践を体系化したMBSR (マインドフルネスストレス低減法)では、肉体的、精神的なストレスが減少することが科学的に実証されています。

マインドフルネス瞑想では、ネガティブな思考や感情を感じるときでも、心で起こっている現象として、ありのままに観察します。このようにすることで、無意識のうちにネガティブな思考が連鎖反応を起こるのを防ぐことができます。その結果、ストレスが減少するのです。

私が、将来、死に直面したときや死の恐怖に襲われたときにも、マインドフルネスを実践することにより、ネガティブな思考や感情が連鎖反応を起こすのを防ぐことができるかもしれません。

また、マインドフルネスの実践により、自分を客観視し、思考や感情、苦痛を現象として受け入れることによって、死の恐怖を克服することができるかもしれません。

このマインドフルネスの実践による対処方法の問題点は、膨大な時間とエネルギーを費やす必要がありそうだということです。

ダニエル・ゴールドマン博士の著書 Altered Traits では、生涯の瞑想時間によって、瞑想者を次の3つの分類に分けています。瞑想時間によって、脳の機能やストレスへの反応が変わってくるそうです。

瞑想者の種類生涯の瞑想時間
瞑想初心者100時間まで
長時間瞑想者1,000時間以上
世界レベルの瞑想者12,000時間以上 多年にわたるリトリートを含む

私の場合、死ぬまでにある程度、マインドフルネスの実践をする時間はありそうです。また、マインドフルネスによるネガティブな感情の対処の効果は、徐々に現れてくるので、マインドフルネスの実践にかける時間が無駄になることもなさそうです。

ここまでの対処方法を比較すると、やはり、マインドフルネス瞑想を継続していくことが私にとって最も現実的で、効果が見込める方法だと思います。

死の恐怖とは何か

ところで、人間はなぜ、死ぬことが怖いのでしょうか? なぜ、死の恐怖のために苦しむのでしょうか?

進化の観点から

人間の様々な特質は、他の生き物と同様、進化の過程を経て発展したものです。進化の基本的なルールはとても単純です。

  • 突然変異により、多くの新たな特質が起こる
  • 自然淘汰により、環境に適した特質のみが残る

死ぬのが全く怖くない、という人が突然変異で現れたとしても、命を粗末にしてすぐ死んでしまいます。そうすると、子孫を残せません。死ぬのが怖い人の方が、子孫を残しやすかったのです。だから、今生きている人はみんな、死ぬのが怖いという特質を祖先から受け継いでいる、ということです。

進化

このことから、次のことが言えると思います。

  1. 死は、進化のプロセスの一部。死ぬことによって、次の世代に選択された遺伝子が残る。
  2. この進化のプロセスから、「私」についてわかることは、「私」は遺伝子を次の世代につなぐ箱のようなもの。私が死んでも世界は終わらない。遺伝子は受け継がれるかもしれない。
  3. 死の恐怖は、進化の過程で作り出されたアルゴリズムのようなもの。遺伝子の中に組み込まれており、克服するのは難しい。
  4. ただし、もし、この全体の仕組みを理解することができれば、死の恐怖による苦しみを和らげることができるかもしれない。

仏教の観点から

このことは、マインドフルネスの源流である仏教の教えを思い出させます。進化論の観点から仏教の教えを自分流に当てはめると、以下のとおりです。

  • 諸行無常: 私の体や心は、物理学や進化などの因果律に従っている。常に変化しており、やがて死ぬ。
  • 諸法無我: 私は、遺伝子を運ぶ「箱」であり、細胞の集まり、より大きなシステムの一部である。自分は不変である、自分は自分のもの、自分は意志の力でコントロールしている、と思いこんでいるのは、そのほうが遺伝子を残すのに都合がいいからに過ぎない。
  • 一切皆苦: 私の思考や感情は、遺伝子を次世代に残すためのアルゴリズムの一部。ほとんどは苦しみや不満でできている。死の恐怖はその一部。
  • 涅槃寂静: マインドフルネスの実践により、これらの現実を直接の体験により理解していくことができれば、苦しみは和らぐかもしれない。

マインドフルネスが役に立つ理由

以上から、マインドフルネスの実践により、「死の恐怖」から逃れる可能性がある理由として、次の点が挙げておきます。

  • マインドフルネスの実践により、先に挙げた通り、無意識のうちにネガティブな感情が連鎖していくのを防ぐことができる。
  • マインドフルネスの実践により、様々な感情が心で起こっているアルゴリズムであるということを直接に認識し、自分中心の考え方から脱することができる可能性がある。

この2つ目の理由は、別の言い方をすると、「自分などというものは存在しない、というということがマインドフルネスの実践を通じて理解することができれば、死ぬことは怖くなくなる」ということです。

検証方法について

「死の恐怖から逃れるために最適な方法はマインドフルネスの実践を行うことである」と仮定して、これを検証する方法があるでしょうか?

死が目前に迫っている人にお願いして、先に挙げたいくつかの対処方法を試していただく、という方法があるかもしれません。

しかし、この方法には次のような問題があります。

  • 人間の死を実験の対象とするのは、倫理的な問題がある。参加者は、自分の死の尊厳が傷つけられると感じるかもしれない。
  • 仮に実験の結果が出たとしても、どの方法を採用するかは自分の価値観の問題なので、実験結果を採用できないかもしれない。例えば、「マインドフルネスを実践するよりも、宗教に入信したほうが死の恐怖が少ない」ということを証明できたとしても、自分には採用できないかもしれない。

そこで、自分自身を実験の対象としようと思います。その方法、次のとおり。

  1. マインドフルネス瞑想を実践する
    • 毎日、45分間の瞑想
    • その他、日常生活でのマインドフルネスの実践
    • マインドフルネスの実践の内容をジャーナリングで記録
  2. 死の恐怖を測定する。
    • 年に1回、死ぬまで。
    • 測定方法は、世界で一般的に使われている DAS (Death Anxiety Scale) を使用
    • マインドフルネスの実践が死の恐怖の克服に影響があったかどうか、主観的に評価

この実験結果は、主観的なものなので、自分以外の人にとっては役にたたないでしょうが、自分にとっては、十分意味があると思います。この対処方法が間違っていたら、途中で気がつくことができるかもしれませんし、対処方法を変えたり改善したりすることができるかもしれないからです。

まとめ

自分にとって死の恐怖は、今はそれほど強くありませんが、死期が近づいたときに、どうなるのか不安です。

そのために、いろいろな対処方法のなかから、マインドフルネスを実践しようと思います。この方法は、進化論的にも合理的な方法だと思います。

ただし、その検証をするために、マインドフルネスの実践がどのように死の恐怖に影響を与えたのか、毎年、効果を測定しようと思います。

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