心のモジュール性

modularity-of-mindマインドフルネス

進化心理学者のロバート・クルツバン博士による著書「だれもが偽善者になる本当の理由」を読みました。

この書籍は、進化心理学の観点から「心のモジュール性」についてわかりやすく書かれたもので、心がどのように働いているのか、自分とは何か、を理解するヒントを与えてくれました。

以下、この書籍の概要と自分の感想です。

心のモジュール性とは

ロバート・クルツバン博士によると、人間の心は進化の過程で発達したもので、独自の機能を持つ多数の部品からできており、個々の部品のことを「モジュール」と呼ぶそうです。

心のモジュールの例として、例えば、次のようなものが挙げられます。

  • 食べ物を見つけて食べようとするモジュール
  • 脅威と戦う、あるいは脅威から逃げようモジュール
  • 魅力的な異性に近づこうとするモジュール
  • 言動に一貫性があるように他の人に見せようとするモジュール

いずれも、進化の過程で発達したものです。つまり、遺伝子を次の世代に残すために有利だったものがモジュールとして発達してきました。

博士は、モジュールの特徴を次のように表現しています。

  • モジュールは特定の脳の部位に固まっているとは限らない。脳のネットワークのことを指す。
  • モジュールは学習する機能を持つものもある。
  • モジュールは、コンピュータ・プログラムのサブルーティーンに似ている。他のプログラムから独立して機能する。
  • モジュール同士で情報のやり取りを行う場合もあれば、他のモジュールに意図的に情報を送らない場合もある。
  • 意識できるのは、一部のモジュールのみ。意識が及ばないモジュールも多数ある。

私達の生活の中で、その時々の状況に応じて、子孫を残すために必要なモジュールが活性化され、その時の行動が引き起こされるそうです。

心の正体

その時々の状況に応じて、様々なモジュールが働いているわけですから、人間の感情・思考や行動が一貫していないのは、当然のことです。人が時として偽善者になるのは不思議でもなんでもありません。

その一方で、私達は、自分の思考や行動は一貫している、と考える傾向があります。博士は次のように述べています。

  • 「私達の脳には、なにか特別な存在、すなわちある種の観察者、もしくはオズの魔法使い的な人物が背後に存在するはずだという強い直感を抱いているという事実。」
  • 「脳内に責任者、観察者、操縦者がいるという考えは妙に説得的なところがある。」

しかし、頭の中に小人が住んでいるわけではありません。首尾一貫した「自分」などというものはもともと存在しないのです。

私達の心の正体は、遺伝子を残すために特化したさまざまなモジュールの集まりということができるでしょう。

自分の正体

ところで、心のモジュールの中には「意識できるもの」もあれば、「無意識のうちに起こるもの」もあります。

クルツバン博士によると、意識できるモジュールは限定されますが、その代表的なものに、「他者とのコミュニケーションに関するモジュール」があります。その機能は、その個体の遺伝子を残すのに有利になるように他者に働きかける、ということです。

博士は、このモジュールを「ホワイトハウスにおける報道官」にたとえています。報道官の仕事は、何かを決定することではなく、すでに別のところで決まったことを、ホワイトハウスの立場がよくなるように発表するということです。常に真実を語ることが目的というわけではありません。更に重要なポイントは、報道官には意図的に真実が知らされていないこともある、ということです。

クルツバン博士は、「心はいくつものモジュールに分かれている」ので、一貫した自分など存在しないが、「自分」のように思える部分があるとしたら、それは、この報道官モジュールのはずだ、といいます。

私達の心では、その時に応じて様々なモジュールが機能しているので、一貫した自分など存在しません。ところが、他の人からは一貫していると思われたほうが遺伝子を残すのに有利なので、「他の人とのコミュニケーションに関するモジュール」である「報道官モジュール」は、自分は一貫して真実を語っていると見せようとするのです。

しかも、自分でも自分の考え一貫して正しいと思い込んでいます。その方が他の人を説得しやすいからでしょう。

自分と思われるものの正体は、心のモジュールの中の一つで、自己の遺伝子を残しやすくするように他の人を説得しようとする「報道官モジュール」ではないか、というのがクルツバン博士の説です。

クルツバン博士は、博士が本を書いたのも、このモジュールが働いて、自分をよく見せようとした結果ではないか、と自己分析しています。私がこの記事を書いたのも、同じモジュールが働いた結果でしょう。

マインドフルネス瞑想との関係

クルツバン博士の書籍では、マインドフルネスについては全く触れられていませんが、以下は、私の感想です。

マインドフルネス瞑想を実践していると、心のモジュール性を実感することがあります。

例えば、こんな場合です。

  • 瞑想中、さまざまな考えが粟粒のように心の中に浮かんでくる。
  • 瞑想中に音が聞こえると、その音に関連した様々な思考が浮かんでくる。
  • ある思考が、関連した別の思考を引き起こし、連鎖していく。

人の心のモジュール性を念頭にマインドフルネス瞑想を行うと、このような体験を受け入れやすくなると思います。

mindfulness-meditation

仏教の教えとの関係

クルツバン博士の書籍には、仏教の話も全く出てきませんが、私は、心のモジュール性は、仏教の説く「自分など存在しない」という考えと通じるところがあると思います。

仏教の教え[The Shorter Discourse to Saccaka][薩遮迦小経]では、「自分」は、5つの構成要素(肉体、五感の感覚、無意識のうちに起こる知覚、意志、認識)からなるが、その5つの構成要素のいずれもが、常に変化して一貫しておらず、しかも、自分自身のコントロールが及ばないことから、「自分など存在しない」とされています。

仏教でいう5つの構成要素は、情報の流れを階層構造[OSI 参照モデルと似ている]で表現しています。心のモジュール性とは視点が異なりますが、言っていることはとても似ていると思います。

進化心理学も、仏教も、「自分」はいくつかの部分からできており、そのどの部分も常に変化して一貫しておらず、自分のコントロールが及びません。だから、自分というものは存在しない、ということです。

クルツバン博士は、この本の中で、幸福について次のように述べています。

  • 「進化は、人間の幸福に配慮したりはしない。」
  • 「進化が幸福に関与するのは、純粋に手段としてそれを用いる場合に限られる。」

仏教の考えの一つで「人生は不満に満ちている」というものもありますが、これも、結局同じことを表現しているのだと思いました。

「自分は存在しない」とか「人生は不満に満ちている」というのは、随分とネガティブな考え方だと思いましが、このように考えてみると、自分を客観的に観察し、自分の各部分に優しい気持ちを持つ手がかりになると思います。

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